最中(もなか)は歴史的和菓子!最中と名付けられた由来について
サクッと食感の皮と上品な甘さが際立つ餡子(あんこ)が入った最中。
有名な「切腹最中」のような皮と餡子の和菓子の形から、「アイスモナカ」「お茶漬け最中」、千葉県の名産品を形にした「ピーナッツ最中」や「ラムネ味最中」など一風変わった味付けの最中がお土産として販売されており、時代やその時の流行りに合わせて様々なものを取り入れることができる最中は組み合わせ次第では無限大の和菓子と言わざるをえませんが、皆さんは元祖の最中の存在をご存じでしょうか?
「元祖?」と聞かれて今の餡子と皮の組み合わせではないの?と思われるかもしれませんが、実は今とは異なるものが最中の由来となっており、その最中の名前の由来もロマンチックな場面から生まれています。
今回は最中ができた由来やその歴史についてお伝えさえていただきます!
最中は月の美しさが生んだ和菓子
最中の由来についてですが、さかのぼること平安時代のとある宮中での「月見」の催し事での出来事が始まりとされています。
歌人で学者の源順(みなもとの したごう)という人物の詠んだ歌が、
「水の面に 照る月なみを 数ふれば 今宵ぞ秋の 最中なりける」という歌でした。
内容については、「池の水面に映る月が美しいと感じるのは最中の月だからなのだ」という意味の歌ですが、ここで出てきた「最中の月」という言葉が最中(もなか)と関連性がでてきており、「最中の月」とは日本で最も綺麗な月として知られる「中秋の名月」のことを指しており、この月見の宴中、要するに月見の宴会をしている最中(さいちゅう)にふるまわれた丸い形をした丸餅がまるで美しい最中の月のようだと表現されたのが最中の由来とされているのです!
宮中の公家の方たちが、歌を詠みながら綺麗な月を見上げていた様子を想像するとなんとも風情があり、その中秋の名月に形が似ていることから名前がとられた最中はロマンチックな和菓子ですよね。
ただ、この時点では多くの庶民の元に最中の存在が広まってはいないとされ、一般的に知られる様になるのは江戸時代となります。それでは、江戸時代の最中についてご紹介いたします。
土産を渡す文化は今も昔も同じ。遊郭の近くで生まれた江戸時代の最中(もなか)
徳川家が天下をおさめていた江戸時代の中期において、遊郭があった吉原の近くに煎餅屋(せんべいや)の「竹村伊勢」という店舗が平安時代の歌にも出ていた「最中の月」という商品を発売するようになりました。
この時の最中は今の一般的な最中の形(餡子が皮に包まれているもの)のものではなく、もち米粉に水を入れ、蒸し焼きにし、丸い形に切ったものを焼き上げ、最後に砂糖をまぶした煎餅のようなものが最中として売られておりました。今の時代で砂糖をまぶしただけの和菓子ですと少しもの足りないと感じるかもしれませんが、当時の砂糖の価格からすると高価なお菓子の部類にはいると思います。
ネットにて情報を集めてみると江戸時代での砂糖の価格が1kg約5000円程のようです。現在の砂糖の価格が同じくネットの調べにおいても1㎏あたり約200円程となり、江戸時代の砂糖か価格は現在の約25倍と非常に高いものであったことがわかります。
こういった砂糖の相場の関係もあり、「竹村伊勢」が遊郭の近くに店を出したことも、遊郭のお目当ての女性へ男性が金を出してでも「最中の月」をお土産として購入することに目をつけて売り出したのかもしれませんね。
どの時代においても誰かに喜んでもらうためにお土産を購入する文化があったことは興味深いですね。
進化をし続ける最中。現代の最中とビジネスマンご愛用切腹最中について
江戸時代において砂糖をまぶした「最中の月」が次第に「最中の月」に餡子を挟んだ「最中饅頭」が人気を博し、色々な和菓子店において販売されはじめました。そして、その形は今や、金型の技術等が発達したことにより最中種(最中の皮)が丸い型、四角い型、ハートの形をしたもの等、様々な形をした最中が販売されることになり色々なシーンにおいて重宝される和菓子の一つとなりました。現代では餡子の代わりにアイスを入れたアイスモナカやお湯を注ぐだけで出来上がるお吸い物最中等、形を変え我々の食卓を彩る一品にもなっているのです。
ここで一つ興味深い最中についてのエピソードをご紹介させていただきます。
それが切腹最中です。よくビジネスマンの間でお土産に買う方もいらっしゃるかとおもいますが、この切腹最中は店主が店の名物となるヒット商品を作りたい熱い想いから始まり、名前も店の場所が忠臣蔵でおなじみの田村屋敷の跡地にあり、浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が切腹をしたことから、「切腹最中」と名付けることになりました。
当時、実際にアンケートを取ったところ119名中118名が大反対!という結果に。しかし肯定した1名の方に期待をかけて、「切腹最中」で売り出したところ、ある日証券会社の支店長がお客様に勧めた株が大暴落し、その謝罪のために土産物を買いに来たところ、この切腹最中を購入し、1週間後には「謝罪のためにもっていった切腹最中のおかげで先方も許してくました」との返事をいただき、そこからお詫びのお菓子としての全国的に知名度があがり、1日2,000個から3,000個も売れるヒット商品へと変わったとのことです。
このような形で、最中は時代とともに進化をし続け、あらゆるシーンで大活躍する和菓子となりました。これからもどういった進化をするか楽しみで仕方がありませんね。
まとめ
今回は日本の伝統的な和菓子「最中」について、様々な歴史をたどり老若男女に愛される和菓子になったことをお伝えいたしました。世の中、様々な食べ物が存在している中で、一つのロマンチストな歌人の歌から名前が付けられ、現在まで見た目の面でも味の面でも進化をし続けてきた最中の歴史は本当にすごいものであると思います。
最近、最中をたべていないなと思った方は是非、ネット通販においてもすぐに購入できるため歴史を感じながら召し上がっていただくこともいいかもしれませんね。ちなみに最中は渋めの緑茶と一緒に食べることで太りにくくなるので、ほっと一息つきたい休憩時間に是非お試しくださいませ。